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基本情報。
名前:玄晴(ゲンセイ)
生まれ年:1975年
性別:男
好きな食べ物:インスタントの焼きそば
占いについて:
占いは悩みを減らすために使うものである。
占いは「当たる、当たらない」ではなく、使うものである。
占いは道具なので、相談相手にはなるが、指示はくれない。
私が占い師になったいきさつを簡単にお書きします。
21世紀になるぐらいに、私の父親が亡くなりました。
その後、母親は不安から、占いに通うようになりました。
そこの占い師の先生はご夫婦でやっておられて、当時70歳代でした。
今も事務所を構えておられます。
母親があんまりにも通うので、占い師の先生から、
「あなた自分で占いを勉強しなさい。教えてあげるから。」
と言われました。
母親は、習う気になって、占いの勉強を始めようとした矢先、
病気が発覚し入院してしまいました。
入院中に、占い師の先生がお見舞いに来てくれることになり、
私が案内などをすることになりました。
なぜなら私はこのとき、転職をしようとして仕事を辞めたばかりでしたので、
時間があったのです。
こうして私と占い師の先生との接点ができました。
母親の容体はどんどん悪化していきました。
そして、「もう駄目かもな。」なんていう頃に、
占い師の先生が私にこういいました。
「私も歳なので、占いを早く教えておきたい。母親の代わりに君(私)が習いに来たらどうか?
そして、君が母親に教えたらどうだろうか。」と。
そういう訳で、私が占いを習うことになったのです。
といっても、私は占いなんかに興味はなかったのです。
まあ、そんな話になった頃、母親は亡くなりました。
私は葬式や後片付けなんかを済ました後、何もする気が起きなかったので、
気晴らしに占いを習いに行こうかな、なんて気になったわけです。
習い始めるうちに、先生の一門で商業施設に出店するという話になってきたのです。
ですが、初めは私は出る気はなかったのです。
だって、占いをしてもらいになんか行ったこともないし、相場も分かりませんしね。
ですが、習ったからには修行しないと何にもならないと思いまして、参加することにしました。
無職だったしね。
何人かで出たので、シフト制でしたけど。
まあ、現場で3000人以上は相手にしましたよ。
2年間ほどですけど。
ですが、
いろいろ考えるところがあって、私は現場を去りました。
しかし最近になって、
これからネット上で占いをやっていきたいな、と思ったのです。
それは今の職場で、私が占い師だったことを少数の人に話してみたら、
「ぜひ、占いをしてほしい。」という声をいただいたからです。
占いを一人で持っていて喜んでいても仕方がないですからね。
まあ、人のお役に立てれば、なんて思ったわけです。
悩みを減らすことができれば、
うれしく思います。
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